VIRGIN BMW | 柳澤 勝由(バイクハウスフラット 代表取締役) インタビュー

柳澤 勝由(バイクハウスフラット 代表取締役)

  • 掲載日/2006年10月13日【インタビュー】
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“社長”なんて呼ばれていますが
根っからのメカニックなんです

「社長なんて呼ばれていますが、私は根っからのメカニックなんです。ディーラーの中でも実際にメカニックの仕事をやっている社長なんていないでしょ」と、いつも作業ツナギ姿でサービス工場を動きまわる社長。それが今回紹介する東京のBMWディーラー「バイクハウスフラット」の代表取締役 柳澤 勝由氏だ。「フラット」といえばOHVボクサーの駆け込み寺のような存在で、柳澤氏によるメインテナンスを求めて全国からOHVボクサーのオーナーが集まる。一方で、ここ数年、鈴鹿8時間耐久ロードレースに参戦するBMWチームのメカニックのボスであり、ボクサートロフィーなどのレースにも欠かさず顔を出す、BMWによるモータースポーツを愛する柳澤氏に話を伺った。

初めてBMWでサーキットを走ったとき
「意外と走るじゃん」って思ったね

ー柳澤さんといえばBMWマイスターのさらにマイスターのような存在ですが、やはりずっとBMW一筋でお仕事をされてきたのでしょうか。

柳澤●実は二十代の終わりごろにこの仕事を始めるまでは、仕事として二輪には関わっていなかったんですね。それまで、メカニックとしては当時NDC(日本ダットサンクラブ)東京という日産系のレース屋さんで仕事をしていたんです。もちろん当時からエンジンをバラしたり、組んだりすることは身に着けていましたから、メカニックという意味では、当時からこの仕事をやっているということになります。

ー四輪のメカニックから、オートバイに携わるようになったのはなぜでしょう?

柳澤●もともとバイクが好きだったんですよ。四輪メカニックの頃はバイクに乗っていなかったのだけど、ずっと気になってました。そこで、友人と2人で「ミント」という会社を起こして、オートバイの販売と修理を始めたんです。はじめてみたら、やっぱりオートバイは興味が尽きない。面白い。

ー四輪からの転向でオートバイ会社を起こされた。いきなり二輪での商売は大変だったのでは?

柳澤●はい。最初は右も左もわからない状態でした。BMWとハーレーを扱っていたのですが、代理店といったシステムさえも知らずに始めてね。どこにも属していないから、いわゆる“並行屋さん”ですよ。一緒に始めたもう一人が海外からバイクを引っ張ってきて、私がメカニックとして調子を整える。まあ、私がメカニックをやりたかったから始めたようなものですね(笑)。何でBMWとハーレーにしたかというと、ずーっと触ってみたかったというのが正直な理由。メカニックにPRしてくる何かがあった。あとは“二気筒”が好きというのも理由かな。BMWのフラットツインも好きだし、実はハーレーも大好きなんですよ。モトグッツィなんかもいいですね。

ー初めて扱うBMWに対してどのような感想を持ちましたか?

柳澤●「エンジンをバラして、組み立てるのがメカニックの基本だ」なんて思ってましたから、とにかくバラした。それで思ったのが「なぜこんなのが走るのだろう?」ってこと。きわめてシンプルなんですよ。当時にしてみれば大きな排気量の割に、部品点数が驚くほど少ない。だからBMWは耐久性があるのか…なんて感心したのを覚えています。当時はマニュアルも部品も少なかったから、そうやって自分で学んでいくしかなかったんですよ。教えてもらうんじゃなくて、自分で発見していく。でもね、そういう経験の積み重ねは、確実に今の自分を支えてくれていますよ。

ー柳澤さんといえば、BMWのレーサーを作って鈴鹿8耐に参戦されたりしていますよね。その頃からそういったモータースポーツにもかかわっていらっしゃったのでしょうか。

柳澤●バイクのことがわかってくると、他のものと比較したくなる…メカニックの性(さが)ですね。サーキットに持ち込んでみたくなるわけですよ。それで、最初のうちは筑波サーキットにプラグだけ持って自走で行って、走って、また自走で帰ってくるということをよくやっていました。

ーBMWをサーキットに持ち込んでいかがでしたか?

柳澤●「意外と走るじゃん!」ですね(笑)。その当時、BMWは”オヤジバイク”とかいろいろなことを言われていただけに、それは感動といってもいい驚きでした。

ー“意外と走る”というのは、具体的にどういうことでしょう?

柳澤●実は最初、シャフトドライブに対する先入観があったんです。バネ下にこんなに大きくて重いデフケースがあれば、リヤ周りの動きが、チェーンと違うだろうと思っていました。はっきり言うなら不利なんじゃないかと。また、フラットツインもバンクすればヘッド擦るだろうと。それが、実際に乗ってみると意外に気にならないわけですよ。全体的なバランスがいいんですね、実によく考えられている。「これは、もう少しイジったらもっと面白くなるんじゃないか」と、火が付いちゃった。

ーそこから柳澤さんのBMWチューニングは始まっていったのですね。

柳澤●ええ。でも、簡単じゃありませんでした。BMWはいわば“高級車”。そんなバイクをサーキットに持ち込むなんて誰もやりません。だから、アフターマーケットのパーツなんて、なーんにもない。困った果てに、ノーマル素材の能力をきっちり引き出してやることからはじめました。「アフターパーツでパワーをあげなくても、バランスを完璧にとれば、もっと走るはず」。そんな思いがあったんですよ。

ーとはいえ、ずっとノーマルというわけにはいかないですよね。やっぱりメカニックとしてチューニングすることになるのでは?

柳澤●サーキット用のタイヤの情報もないし、あったとしても幅の広いホイール自体が存在しない。もちろんエンジンパーツなんて皆無。高出力のカムなんてあるんだかないんだかわからないし、作るにしてもとんでもない価格になるんですよ。ただ、当時は海外と取引関係があったので、そのついでに向こうで部品を探してきたんです。特にアメリカはデイトナを始めとして二気筒のレースが盛んでしたから。アフターマーケットのパーツがけっこうあったんです。もちろん、いいものも悪いものもありましたから、買ってきては試しての繰り返しでした。鈴鹿8耐に出たときも、そういうパーツを組み込んでましたよ。

BMWと自分の仕事には
絶対の信頼がある

ー柳澤さんは1983年から5年間、ボクサーツインで鈴鹿8耐に参戦されていますよね。

柳澤●’83年の1月に始めた『バトル・オブ・ザ・ツインズ』で優勝してしまって、その勢いでその夏の鈴鹿8耐に出ました。マシンは『クラウザー』です。もう、ホント、勢いでしたね。いきなり鈴鹿8耐だったから、何がなんだかわからないままに終わっちゃって。結果は総合19位と、初めてにしては上出来でした。その勢いで、翌年もR100RSベースのマシンで出て16位、17位になったんです。でも、その次の年からは欲を出したのが裏目に出たのか、転倒とかが増えて結果はどんどん落ちていきました。

ー確か’87年まで5年間鈴鹿8耐には参戦されたとか。

柳澤●3年目からはレギュレーション変更(レースのルール。カスタム制限や排気量制限などがある)で750ccしか出られなくてね。’85年は『R80』ベースの750ccマシン、そして翌年は『K75』をベースにフレームまでオリジナル製作したマシンででたんです。でも、いずれもいい結果は残せませんでした。BMWってとてもバランスよくできているから、そのバランスを崩すには、本当に難しい。ホント、余計なことはしてはいけないんだと痛感しました。

ーでもこの20年前の8耐参戦があったからこそ、今年も含めてここ5年のR1100SやK1200Rの8耐参戦があるのでしょうね。

柳澤●今年のK1200Rは水冷直列4気筒なので、いままでボクサーツインのレーサーを作ってきた私にとってはとても新鮮でした。私がきっちり組み上げたマシンを持ち込んでいるから、ピットでの作業は、若いマイスターの方々に任せて、指揮を執ることに専念しました。他の外国車チームがスペアパーツを並べているのですが、ウチは一切スペアパーツを並べませんでした。確かに、これまでK1200Rは8時間という長丁場のレースを走った経験がありませんでしたから、みんな不安だったと思います。でも、私は絶対8時間走りきれると信じてました。だから、必要最低限の工具しかピットには置かなかったんです。

ー最近ではボクサートロフィーも盛んで、BMWでサーキットを走る方も増えていますよね。

柳澤●「BMWって意外とやるじゃん」と思ってもらいたくってね。そんな想いからBMW Japanの武藤さんと「ボクサートロフィー」を始めました。最初はBMWでサーキットを走ってくれる人なんかいるのかと心配しましたよ。何百万もするバイクでひとコケしたら大変なことですから(笑)。でも、おかげさまでボクサートロフィーも定着してきました。今週末(10月14日)にももてぎであるのですが、すでに40台以上がエントリーしているそうです。

OHVボクサーだけじゃない
最新モデルにも興味は尽きません

ーちょっと意地悪な質問になってしまいますが…。どうしても「フラット」というお店のイメージは、フラットツインのお店というイメージを持っている方が多いと思うのですが。

柳澤●自分の中ではフラットツインもKシリーズも変わらないんですよ。確かに皆さんのイメージはフラットツイン、それも多分OHVボクサーですよね。よくお客さんに言われるのが、フラットのサービス工場には年中フラットツインの仕事ばかりやっているじゃないか、ってね。でも、Kシリーズはうちに来る必要がないほど壊れないでしょ。もちろんフラットツインが壊れやすい、というわけではなく、メインテナンスサイクルを考えても、Kシリーズはディーラーに持っていくサイクルが長い。だからウチにはいつもフラットツインばかり面倒見ているように見えるんですよ。常連のお客さんなんかにはよく言うのですが、「Kシリーズ(K1200R/RSを除く)だって、エンジンが横向いているからフラットだろう」ってね(笑)。

ーなるほど。例えば、昔から扱っているOHVボクサーとK1200Rのような最新のBMWに対する興味にも違いがありませんか?

柳澤●新しいBMWを触るのも楽しいですよ。フラットツインがいよいよインジェクションになったR1100RSが出たときに、コンピューターのROMを書き換えてこんなに違うんだ、と感心しましたね。それまでは、キャブレターをああでもないこうでもないとセッティングしていたことに比べると、コンピューターひとつでとても簡単なんですね。だからといって、自分はキャブがいいや、とはならないんですね。

ーそれはメカニックとしての純粋な興味をお持ちなのですね。

柳澤●確かにコンピューター制御が増えて人間の手が入る部分は少なくなっていますが、“原動機”というハードは変わらないですよね。だから、自分たちが入る余地があるのではないかと思っています。今後、どこまで関わっていけるかは別にして、興味を失ってはだめなんですよね。そういう意味でこの仕事は辞められない。BMWというメーカーがこれだけ次から次へと新しいものを出してくると、メカニックとして放っておくのはもったいないでしょ。「今度何してくるのかな?」とわくわくしていますよ。

ーやはり柳澤さんは本当に根っからのメカニックですね(笑)。

柳澤●私の制服は作業ツナギですから。工場でメカニックの一員として手を動かしていますよ。働かないと営業さんに怒られますからね(笑)。そういった意味では社長ではなくって、あくまでもメカニックなんでしょう。どこまでできるかわからないですが、動かなくなるまで、死ぬまでメカニックをやりたいねぇ。

プロフィール
柳澤 勝由
60歳。株式会社バイクハウスフラット 代表取締役。30歳弱で四輪のメカニックからBMWを扱うショップ「ミント」を始める。’83年から’87年には「ミントレーシング」として鈴鹿8耐にR100RSやR80、K75で参戦。現在もフラット代表でありながら日夜サービス工場で手を油まみれにしながら働くメカニック社長。

Interviewer Column

柳澤さんといえば、私の中で昔からBMWのカリスマ的存在。しかし、自分がOHVボクサーではなくKシリーズに乗っているため、柳澤さんのもとにバイクを持ち込むことはできないと、勝手に思い込んでいた私。今回お話を伺って、ちょっと気難しそうというそれまでの印象とは裏腹にとても気さく。とにかくBMWに熱い思いを持った現役バリバリのメカニックだということがわかって、非常に有意義な取材だった。ぜひ一度、私の12年11万キロのK75Sを柳澤さんご自身の手で診てやってください!? (八百山ゆーすけ)

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