VIRGIN BMW | 第1回 ボクサーの誕生 BMWバイクの歴史

第1回 ボクサーの誕生

  • 掲載日/2006年07月11日【BMWバイクの歴史】
BMWバイク歴史の画像

はじめに

1923年「R32」の誕生とともに『BMW Motorrad』の歴史はスタートしました。ボクサーエンジンの誕生から始まり、Kモデル、Fシリーズに至る80年以上の歴史を有するBMW。長きに渡りドイツ本国そして世界中から愛され続けているBMWの魅力とはいったい何なのでしょうか?

当コーナーでBMWの過去を振り返ることで、現在まで途切れることなく受け継がれている「BMWの本質」を明らかにしていきたい、そう考えています。

BMWの歴史は非常に長いものになりますので、何回かにわけ、少しずつご紹介させていただきます。日本中のBMWファン「Beemer」、そして「Beemer」予備軍の皆さん、ぜひしばらくの間お付き合いくださいませ。

BMWの前身「RMW」が
バイエルンに移転して「BMW」に

BMW創立の前に、実は前身となる会社がありました。それが『ラップエンジン工業』と「グスタフ・オットー航空機工業」という会社です。この2社が合併し、「バイエルン航空機工業(BFW)」という会社が誕生します。

エンジン開発から機体の組み上げまで、航空機生産のすべてを自社で行う会社がBMWの前身となっています。オートバイでも自動車でもBMW製の乗り物にすべて青と白のエンブレムが取り付けられています。これは前身が航空機会社であったことを意味します。

青は「空」で白は「プロペラ」。大空で回転するプロペラを意味するBMWエンブレムの由来は、この当時の歴史を知れば理解することができます。

さて、当初、ミュンヘンにあった本社は1917年にバイエルンに移転することになります。その際に社名の変更が行われ、現在のBMWという会社が誕生します。ちなみにBMWとは「Bayerishe Motoren Werke」、訳すると「バイエルン・エンジン工業」という意味です。当初、航空機エンジンの開発・生産を手がけていたBMWでしたが、第一次世界大戦でのドイツ敗戦後、飛行機の生産を制限され、BMWは航空機ではなく、オートバイ生産へと目を向けはじめます。

初のBMWブランドのバイク
水平対向エンジン搭載の「R32」

BMWがモーターサイクルを生産しはじめたのは1923年の「R32」からですが、モーターサイクル用エンジン製作はそれ以前から行っていました。「M2B15(※「M」は『モトレーン』、「2」は『2気筒』、「B」は『ボクサー』をあらわす)」と呼ばれる493ccのサイドバルブエンジンです。

1920年にBMWが生産をはじめたこのエンジンは複数のメーカーに供給され好評を博します。「M2B15」の製造経験は後にBMWがボクサーエンジンの開発を行う際に多いに役立ち、モーターサイクルメーカーとしてのBMWの礎を築いた重要なモデルだといえるでしょう。

そしてついにBMWは、自社ブランドで販売するオリジナルエンジンの開発を手がけます。開発リーダーのは、現代でもその名が知られている偉大なるエンジニア『マックス・フリッツ』。航空機エンジンの開発設計ですでにその名を知られていた彼は、モーターサイクル用のエンジン開発に抜擢され、その基本設計がその後80年以上たっても受け継がれるエンジンを生み出すことになります。そうして誕生したのがBMWのファーストモデル「R32」です。

現在まで受け継がれている「水平対向2気筒、シャフトドライブ」の基礎はまさにこの「R32」からはじまりました。現在までその基本的な部分が変わらない、それは技術革新が行われ続けてきたモーターサイクルの世界では驚異的なことと言えます。…少し話が逸れましたが、この「R32」は1923年12月に生産が開始されました。R32はエンジンの信頼性の高さ、シャフトドライブのメンテナンス性の良さなどが評判を呼び、BMWの名を世界に広めることに多いに貢献しました。

新興メーカーのBMWが
飛躍的にブランドとしての地位を固める

「R32」の登場で「BMW Motorrad」の基礎は確立されたものの、当時のヨーロッパのモーターサイクル・マーケットはライバルがひしめきあっている状況でした。BMWはR32をレースに投入したものの、出力に勝るライバル車の前に思うような成績を残すことが出来ません。そこでBMWは、ライバルに対抗できるエンジン開発を改めてスタートさせます。そうして生まれたのがR32に改良を加え製作された494ccの市販レーサー「R37」でした。

「R37」はBMWにレースでの優勝を初めてもたらしたモデルで、1925年にBMWの重役だった『ルドルフ・シュライヒャー』がR37をイギリスに持ち込み、当時、世界でもっとも過酷なレースと言われていたISDT(International Six Days Trial)に出場しました。彼はそこで名のある他メーカーを押さえ、金メダルを獲得するのです。

その後、ヨーロッパ各地で開催されるモーターサイクルレースでBMWは驚異的な強さを発揮します。モーターサイクル分野に進出して間もない時期にBMWがこれだけの成果を挙げたことは、他のモーターサイクルメーカーを大いに驚かせたと言われています。R32、R37の成功に自信を深めたBMWは以降、247ccの単気筒モデルのR39(1925年~)、R32の後継モデルである「R42」(1926年~)、745ccの「R62」(1928年~)、487ccの「R52」(1928年~)など次々に新モデルを生産し始めます。

第一次世界大戦の傷跡からドイツが復興する波に乗り、BMWのオートバイの生産台数は着実に伸びはじめます。そしてその上昇気流の中、BMWは欧州でのレースで次々に好成績をおさめはじめるのです。また、自社でパフォーマンス的に行った最高速度への挑戦は、新興メーカーであった『BMW』ブランドを飛躍的に高め、その名はさらに世界中での評判を高めます。そんな好循環の中、とうとうBMWは1928年に自動車の生産工場を買収、自動車生産を始めます。まさにここからBMWの次なる飛躍がはじまっていくのです。

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