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進化が著しい
その名が世界に広がるのに合わせて、BMWのラインナップは単気筒198ccからフラットツイン748ccまで幅広いものになってきました。ニューモデルが登場するにつれ、当然ながらその装備も進化し続け、信頼性の高いモーターサイクルとしてさらに進化を続けます。特に1930年代はBMWの基本装備が大きくレベルアップした時期だと言えるでしょう。従来はフラットツインモデルでもシングルキャブが標準でしたが、1932年から各モデルに「アマル社」のツインキャブが採用され、その性能は大きく向上します。他にも従来のハンドチェンジ変速システムから、操作が簡単なフットチェンジが採用されたり、ギアが1速増え4速ミッション車が登場したりと性能だけでなく、操作性も大きく向上する機構が採用されています。 BMWが切り拓いた
それまでの「ガーターフォーク」の時代から「テレスコピックフォーク」の時代へ、BMWがその扉を切り拓いたのです。また、現代のリアサスペンションに相当するシステムもBMWには1938年に「R61」、「R51」に採用されました。非常にシンプルなシステムではありますが、リアフレームにテレスコピックと同じ原理のサスペンションが搭載されたのです。サスペンションの革新がBMWに与えた影響は非常に大きいものでした。前後サスを利用し、路面からのショックを吸収することができ、他メーカーのモーターサイクルに比べ格段の信頼性を手に入れることができたのです。 その信頼性の高さゆえ
第二次大戦が始めると、BMWモーターサイクルの多くは軍に向けて生産されるようになり、軍からの要望で平時では使用用途がないようなモデルまで登場しています。その代表的な例として、「R75」が挙げられます。R75はサイドカーが標準装備されたモデルで、3人の兵士が乗ることができ機関銃を装備したまま、未舗装路を走り、川を渡り、時には砂漠での移動にも活躍しました。しかし、第二次大戦で軍需生産に大きく携わったBMWの生産設備は戦争末期には大きな打撃を受けます。戦後には連合軍により、工場の解体が行われたり、BMWの持つ技術が米ソ両国に持ち帰られたり、と企業存続の危機にまで陥ったのです。それまで輝かしい歴史を作ってきたBMWの2度目の窮地でした。 |