
2008年12月8日に予約注文が開始された HP2 Sport (ベーシック・カラー)は、HP2 Enduro および HP2 Megamoto に次ぐ第3のハイ・パフォーマンス・ボクサーだ。それにアルピン・ホワイトを基調とし、インディゴブルー・メタリック、および HP2 専用のレッドカラーでよりスポーティなルックスを与えられたのが、HP2 Sport Limited Edition である。2010年5月10日より全国40台限定で販売開始された。
HP2 Sport は R 1200 S をベースとしつつ、軽量化と性能アップのためほとんどすべての部品が新規開発、もしくは大幅な改良が施されている。なにより DOHC シリンダー・ヘッドの採用は、ボクサー・エンジンの最高出力をより高い回転域で発生することを可能とし、「ついにここまで来たか」と、その後Rシリーズが DOHC 化されることを暗示させるものとなった。
そもそも HP2 Sport はそのシリーズ名が示すとおり、全てが “ハイ・パフォーマンス” だ。それがスポーティな限定カラーを纏ったことで、さらに “スペシャル感” を増している。
まず車体に奢られている装備がスゴイ。フェアリングはカーボン・ファイバー強化プラスチック(CFP)製で空力特性を最適化した自立タイプ、シフトペダルには高速シフトアップを可能にするギアシフト・アシスタント、コックピットには 2D システムズ社製 GP 用多機能メーターパネル、専用の鍛造アルミホイール、ラジアルマウントされたブレンボ社製モノブロック・レーシングブレーキ、オーリンズ社製フルアジャスタブル・スポーツ・サスペンション、仕上げ処理が美しい鍛造アルミニウム削り出しのトップブリッジや調整式フットレストなど、通常はレーシング・マシンに採用される特殊なパーツや技術が惜しみなく投入されている。これはまさに夢のボクサー・マシンだ。ちなみにカラーリング以外で、限定モデルとベーシック・モデルに基本性能や装備品の違いは無い。
そして最も特徴的なのは、搭載されている新開発エンジンだ。BMW Motorrad 量産市販車としては史上初となる DOHC (ダブル・オーバーヘッド・カムシャフト)シリンダー・ヘッドを採用している。それに極めて軽量なロッカー・アームを介するバルブ駆動方式により、最高回転数は 9,500rpm を実現。4本のバルブを放射状に配置したことでコンパクト化された燃焼室からは、今までRシリーズに使用されていた2つ目のスパーク・プラグが不要となった。大排気量2気筒エンジンとしては驚異的な最高回転数と、大幅に拡張することなくツインカム化されたシリンダー・ヘッドの新型 DOHC ボクサー・エンジンは、最高出力 98kW(133ps)/8,750rpm、最大トルク 115Nm/6,000rpm を発生する。
本当に “好き者” エンジニア達が集まって、理想のボクサー・マシンというお題でバイク談義に華を咲かせ、それを具現化したのが HP2 Sport なんだろうなぁ、と感じる。BMW バイク特有(伝統)のボクサー・エンジンや、テレ/パラレバー、シャフトドライブなど、スーパースポーツ・マシンにはまず搭載されることのない独自機構を残しつつ、スポーツ性能を極限まで突き詰めたら一体どんなマシンになるのだろう? 絶対愉しいに決まっている! なんて話の続きが、今まさに目の前にある。
「スポーツ」の名を冠せられているものの、ライディング・ポジションは一般的なスーパースポーツ・マシンに比べれば安楽なもので、市街地でのゴー&ストップ走行以外はそれほど苦痛を感じることもない。信号待ちでは両足が地面に届くし(身長176cm)、なにより車重をあまり感じない。走行可能状態の車輌重量が 200kg を下回るので十分軽量クラスに分類されるが、それだけではない。ハンドルへ手を伸ばした際に重量物(エンジン)が腹部真下の低い位置にバランスされていて、大排気量マシンに跨っている不安や恐怖が感じられないのだ。取り回しも非常に軽い。フェアリングに採用されている、軽量で強度に優れたカーボン素材は固定用のステーを必要とせず、シートレールも不要としている。そういった高度な技術が軽量化に大きく貢献していることは言うまでも無い。
高回転型のボクサー・エンジンと極限まで軽量化された車体構成によって、エンジンからはダイレクトな信号が否応なしに身体へビシビシと伝わってくる。スロットル操作ひとつで鋭い加速も過激な減速も容易だ。個人的には “保険” として ABS だけでなく ASC も標準装備で欲しいと思ったほど。大きくしなやかにストロークするテレレバーのフロント・サスペンションと、ややハードな印象のリアサスペンションを意識しながら走っていると、ニーグリップやハンドル/ステップ入力、荷重移動など、何かをすれば従順にレスポンスしてくれる。狙い通りにも走ってくれるし、狙いを外せば、それもまた然り。
ライディングの醍醐味は思い通りの旋回にあるとするなら、このマシンはまさに大当たりだ。加減速時のリズムや旋回Gを愉しみながらグイグイと前へ突進する感覚は、他メーカーのスーパースポーツ・モデルとはその味わいが大きく異なる。エンジンと共に躍動している錯覚に囚われる快感、とでも言おうか、恐ろしいくらいよく動いてくれて、ふと我に返ると頬を緩ませている自分に気付く。スポーツライディングのエキスパートでなくとも得られるこの感覚は、速度が低くても「乗っている感」が非常に強い。
結局のところ、BMW Motorrad 特有の機械構造はとても人間的なのだ。勝ち負けではなく愉しむためのスポーツマシンとして、贅沢なパーツと高度な技術を惜しみなく投入して造り上げた HP2 Sport は、ひとつの究極と言える。しかしそのプレミアムなマシンを得る対価として 400万円以上のお金を出せるのか? と言われたら、いままでの体験はきっと夢だったのだろう、と現実に戻るしかない。限定モデルなのでディーラーショップへ行っても試乗車は無いだろうし、実際に HP2 Sport の愉しさ、そして特別限定車を所有する悦びというのは、オーナーにのみ与えられた特権なのだ。
国内メーカーはもちろんのこと、海外メーカーのスーパースポーツ・モデルをも乗り継ぎ、ロードスポーツ分野の尖ったマシンで峠やサーキットを遊んできたものの、最近モーターサイクルで速く走ることにいささか飽きてきた感のあるライダーにこそオススメ。「ボクサー・エンジンでスーパースポーツは無いだろ!?」と言うなかれ。BMW Motorrad 独自の足回りと、DOHC シリンダー・ヘッドを採用したボクサーエンジンを体感して欲しい。これまで培ってきた自分なりのスーパースポーツ感とは違った「平和な世界」を、きっと垣間見ることが出来るだろう。
スポーツというカテゴリですが、いわゆる一般的なスーパースポーツ・モデルと同じ土俵には上らないものです。もちろん S1000RR とも違って、ボクサー・エンジン独特の面白さがある、それが HP2 Sport ですね。
DOHC シリンダー・ヘッドの採用で、ボクサー・ツイン・エンジンで高回転域の常用を可能とし、一見レーシーな印象を受けますが、実際は中速域からトルクバンドの幅が広く、厚いので、高回転域しか使えないということはありません。ここがボクサー・エンジンらしいところです。また、設定幅の広いテレレバー、ストロークの多いリアサスペンションは、ライダーの積極的なアクションに対して従順に応えてくれます。
全般的に豊かなトルクはライダーにも扱い易く、よく動くサスペンションと相まって、アベレージのさらに上でスポーツさせてくれます。直線で速いマシンはいくらでもありますが、インフィールドで追いつく、もしくは追い抜くことが愉しいマシンはなかなかないでしょう。ボクサー・スポーツの究極ですね。
フルカーボンの外装には感動ものですが、クオリティの高い削り出しのパーツや、良く見ると微調整可能なロータリー式のステップとペダルなど、標準装備されるパーツもまた贅沢なもので、ガレージに置いて眺めながら一杯飲めるくらい、所有欲も満たしてくれます。今後二度と、このようなプレミアムなモデルは造れないでしょう。(BMW Motorrad Tokyo 店長 青木 正志さん)